杜仲畑の再生(再投稿)

昨年に一度投稿した内容ではありますが、ブログの過去記事がすべて消えてしまったため、あらためて再投稿いたします。
私たちが事業承継を行った当初、県内はおろか、国内を探しても杜仲茶の原料となる杜仲葉は、ほとんど手に入らない状況でした。かつて杜仲の一大産地といわれていた長野県内にも、当時の面影はほとんど残っておらず、数少ない生産者の方が細々と栽培を続けているか、耕作放棄地となった畑がわずかに残っている程度だったのです。
その背景には、生産者の高齢化や後継者不足、そして一時的なブームが去ったことによる需要の減少など、さまざまな要因が重なっていました。
そのような状況の中で、伊那谷が発祥とされる杜仲茶をこれからも続けていくためには、まず何よりも原料となる杜仲葉を安定して確保することが、最初の大きな課題でした。
私たちが最初に取り組んだのは、休耕地に杜仲の苗を植えて新たな杜仲畑をつくること、そして後継者のいない杜仲畑をお借りしたり、杜仲の木を移植したりすることでした。しかし、苗を植えてから収穫ができるようになるまでには、どうしても数年の時間がかかります。また、移植に関しても、木の状態や大きさによっては移植自体ができないケースもあり、思うように進まないことも少なくありませんでした。
試行錯誤を重ねながら、まさに悪戦苦闘の連続の日々だったのです。

そんな悪戦苦闘の日々を過ごす中で、耕作放棄地となり、すでに林のようになってしまっている杜仲畑を再生してほしいという話が舞い込んできました。
これはまさに渡りに船だと思い、さっそく現地へ足を運んでみたのですが、そこで目にしたのは、想像をはるかに超える高さまで成長した杜仲の木々でした。その光景に、正直なところ愕然としたのを覚えています。
木の伐採などまったく経験のない私たちにとって、それは到底自分たちの手に負える作業ではなく、再生への道のりの厳しさをあらためて突きつけられる出来事でした。

作業の危険性や、万が一の事故のことを考えると、これはもうプロに依頼するしかありませんでした。
しかし、20メートル近くまで成長した木を約150本切り戻し、さらに切り出した幹や枝の処分まで含めて考えると、相当なコストがかかります。「これはもう諦めるしかないのではないか」――そんな考えが頭をよぎりました。
その思いを、現地を案内してくださった方に正直に伝えると、
「少し待ってほしい。木の伐採の件で心当たりがあるから」
そう言われ、諦めかけていた気持ちは、わずかながら希望へと変わりました。
それから数日後、一本の連絡が入りました。
なんと、地元で木こりをされている熟練の方々が、すべての木の切り戻しだけでなく、切り出した太い丸太状の幹まで、無償で引き受けてくださるというのです。

そのとき私たちは、この林と化してしまった場所を、再び杜仲の葉が生い茂る畑へとよみがえらせようと、強く決心しました。
いざ切り出し作業が始まると、その光景は「さすが」の一言に尽きるものでした。大木と化していた杜仲の木々は、熟練の技によって次々と切り戻され、見る見るうちに姿を変えていきます。ほんの数日後には、あれほどの林だった場所が、杜仲畑としての面影を取り戻していきました。
その圧倒的な技術と仕事ぶりには、ただただ感動するばかりで、そのときの光景は今でも鮮明に心に残っています。

切り戻し作業が無事に終わり、ふた月ほどが過ぎたころ、私たちは心待ちにしていた芽吹きを確認することができました。
正直なところ、切り戻した直後は、本当に再び芽を出してくれるのだろうかと、不安でいっぱいだったのを覚えています。
しかし、そんな不安をよそに芽吹いた新芽は、季節の移り変わりとともにぐんぐんと成長していきました。そして夏を迎えるころには、その場所は見違えるほど立派な杜仲の畑へと姿を変えていったのです。

太古の昔、氷河期を生き抜いた「化石植物」ともいわれる杜仲。その生命力の強さに、あらためて深く感心させられました。同時に、このたくましい生命力があったからこそ、杜仲は五大漢方のひとつとされ、杜仲茶の源となってきたのだろう――そんな思いが自然と湧いてきました。
それほど立派に育った葉を目の前にすると、正直なところ、すぐにでも収穫したい気持ちでいっぱいになりました。しかしその気持ちをぐっとこらえ、切り戻しを行った初年度は、ごく一部の葉を直接手摘みするだけにとどめ、ほとんどの葉を木に残すことにしました。
その理由は、切り戻し初年度に芽吹いた枝を切ってしまうと、翌年以降の木の生育に大きな影響を与えてしまいます。杜仲の力を信じ、先を見据えて待つことも、畑を育てるうえで欠かせない大切な選択だったのです。

切り戻しから四年目を迎えた杜仲の畑。
四年という月日の流れの中で、少しずつではありますが、木々の力が以前より衰えてきているのではないかと感じることもあります。
それでも、一本一本の木と向き合い、少しでも長く健康な状態でいてもらえるよう、今年の冬も木の掃除や枯れ枝の剪定といった手入れを続けています。手間と時間はかかりますが、その積み重ねこそが、杜仲畑を未来へつないでいくことだと信じています。

そして何よりも、この杜仲の畑を再生するにあたり、本当に多くの地元の方々が力を貸してくださったことへの感謝の気持ちを、忘れることはできません。私たちだけの力では、決して成し得なかった再生でした。
そのご恩に報いるためにも、箕輪町で育ったこの杜仲葉を使い、より多くのお客様に喜んでいただける杜仲茶をつくり続けていくこと。そして杜仲葉を通して、箕輪町の魅力や価値を伝え、地域の活性化に少しでも貢献していくことが、私たちにできる役割だと考えています。
この畑とともに歩んできた時間、支えてくださった人たちへの感謝を胸に、これからも杜仲茶づくりに真摯に向き合っていきます。

